夏は過ぎ風あざみ
こんばんわ、もしくはこんにちは。
6月末頃に更新してから約3ヶ月と少しが経ちました。
以前にもまして、時間の流れがとっても早いです。
というのも実は、Twitterで少し書きましたが、
7月の第1週あたりから
母が体調を崩し、入院しています。
年齢74歳。隠れていた体の問題も色々と出てくる時期ですね。
現状はあまり良いとは言えません。
詳しい病名などは、今はちょっと伏せます。
書き始めるとかなーり長くなってしまうので………。
この3ヶ月あまり、仕事と家事と病院の往復を繰り返してきました。
その暮らしの中で、母がこれまでしてきたこと、過ごしてきた家での時間の流れを見つめ直してきました。
私は実家を出たことがないので、母と一緒に過ごしてきた時間は、とても人生の中で大きいです。
母と娘という関係はそれほど悪くもなく、時には姉妹のようにも過ごしてきました。
天真爛漫で、そして無邪気で、何よりも私に常に夢を持って生きてと伝えてきてくれました。
その母が、骨と皮のように痩せ
介護が必要な状態になり、時折せん妄のような状態に陥ったりするようもなった時は
入院前夜までとても気丈に立って歩き、ご飯まで一緒に食べていたことから考えると、とても受け入れ難いものでした。
そんな私を見かねて、看護師さんはとても手厚く優しい対応をしてくれました。
ひとりよがりで対応していた最初の頃は、看護師さんにさえ不信感や自分の弱さを見せたくない気持ちでいましたが
医療の現場で立ち回る人たちを見て、少しずつ自分の気持ちが変わっていきました。
父が亡くなって、もうすぐ10年です。
この当時20代半ばでした。
正直ちょっと、母の年齢から考えても今の環境は受け入れるにも早いなーと思います。
でもそれだけ母も、そして先立った父も懸命に人生を過ごしたのだと思えます。
今日まで私は、結局親元を離れられずに過ごしてしまいましたが
少しでも母へ後悔のない時間を過ごし、見守ることが全てだと今は考えています。
今になって見えてくる全てのことが尊く、母にはとても感謝することばかりです。
父のときは得られなかったような、少しでもその感謝を伝えられる時間を過ごせることが、唯一の報いです。
真夏の季節を、精神的にも肉体的にも、ただ無我夢中で駆け抜けました。
母と過ごしてきたこの家で、母が可愛がってきた4匹の猫と共に時間を過ごしながら
何もかも全てが変わっていった3ヶ月あまりを振り返っています。
目には見えない存在に祈るということ
誰かの心身に心から寄り添うこと
離れていても本当に思いやりのある誰かの言葉や行動に救われるということ
気にもとめられていないと思っていた、身近な人からの優しさに励まさせるということ
毎日目にしていて、全てが同じように見えていた家の中や庭も、夏の暑さを沢山吸い込んでいたということ
夏は本当に短く、どんなに立ち止まらせたくても過ぎ去ってしまうということ
言葉に出来ぬまましまい込んだものは、たくさんあります。
いまの私にできること。
いつかその先に、もう一度筆をとり向かい合う世界を作り出すこと。
そのときまでこれからも走り続けます。